アクセスアップツールはアフィリエイターの必須アイテム!
アクセスアップツールはアフィリエイターの必須アイテム!
家 建てたり なんかしたり・・・ 都市のオープンスペース3

家 建てたり なんかしたり・・・

家づくりに奮闘する肉体派の30代  日々の思いをなんとなく書いてみたりして・・・

09 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 »11

プロフィール

kumaotoko

Author:kumaotoko
height:183cm
weight:90kg
work:architect


全記事(数)表示

全タイトルを表示


カテゴリー


最新の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別過去の記事


リンク

このブログをリンクに追加する


ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 / --.--.-- --:--


都市のオープンスペース3
都市のオープンスペースシリーズ
今回は日本におけるオープンスペースの成り立ちについてオナハシします。

日本の首都、東京というか江戸を題材にしてみましょう。

江戸時代、江戸の人口は100万人以上にものぼり、世界最大の都市でした。そしてそのうちの半分が町人でしたが、町人の住む町地の割合は約2割で、かなり町人たちは窮屈な生活を強いられていました。
それでは、江戸時代の庶民にとって、現在の都市公園のような憩いの場はあったのか、オープンスペースはあったのか・・・・

前回、ヨーロッパにおいて、産業革命による過度の人口集中によるオープンスペースの欠如に対して、上層階級が自らの狩猟場を公園として開放することによって、都市のオープンスペースが確保されたという話をしました。
当時の江戸も同じような状況にあったのですが、ある事情により江戸には既にオープンスペースが確保されていたのです。

まずは寺社の境内。
多くの文献や絵画資料に描かれているように、寺社の境内は民衆のもっともポピュラーは遊観所だったのです。町人地は台地の下の狭い部分に密集していましたが、寺社は台地の端の最も景観の良いところにあり、また、敷地も広く緑にあふれていました。寺社の境内地はもちろん寺社の所有であったが、広く民衆に解放され、大名庭園のようなものと持つことはできない長屋住いの下層町人もいつでもそこにいって豊かな緑と眺望を楽しむことが出来たのです。

尚、明治時代になり「公園」というものがようやくできるわけですが、その多くはこの寺社の境内でした。
浅草寺→浅草公園、増上寺→芝公園、寛永寺→上野公園、富岡八幡宮→深川公園ってな感じです。

おっと、このままでは都市のオープンスペースと建築構造は関連してませんね。
それと、橋詰も出てきてない。

ちょっと長くなりましたので、その辺は次回にしたいと思います。

次回を読みたいと思った方も、思ってない方も
クリック!クリック!お願いします。
-人気blogランキングに参加中です-
スポンサーサイト
街を考える / 2007.02.17 21:12 / TB[0] / CM[6]





次回どころか、今回がすでにぜんぜん読む気にならなかったので、クリックしません。
おやすみなさい!
あつきちしお | URL | 2007/02/17 21:30 [編集]


to ちしおさん
むむぅ
「思ってない方も」ってつけたのにそう来たかぁ
kumaotoko | URL | 2007/02/17 22:06 [編集]



ちしおなぞという不味いものはほっといて。。。。
次の話を続けて下さい!
寺社の境内が公園なのか。なるほど,これは始めて聞きました。
で,この寺社の境内は,ヨーロッパのアジールとも似てるんでしょうか?
孤児院とか,救済の施設とか,そんな施設もあったのでしょうか?
ミラノでは,広場の正面に孤児院がありましたよね。ミラノ?

tatsuro | URL | 2007/02/17 22:06 [編集]


to tatsuroさん
そうですねえ
まあ、広義に寺社=アジールですから、境内もアジールと言えばアジールでしょう。特に尼寺や縁切り寺なんかはね。
ミラノの孤児院はよく知りませんが、縁切り寺自体、救済施設ですよね。
平安時代は寺院自体が病院、孤児院として捉えられていて、国分寺は仏教を庶民に浸透させると共に、地域に病院や孤児院をつくるという意味合いもあったともいえます(勝手な解釈ですが)。近世にも寺院のそう言った性質はある程度受け継がれているんじゃないかと勝手に考えております。
よって、孤児院も存在していたと思われます(ここらは要勉強です)。
日本の寺院と教会が同じアジールでも特に性質として違うのはやはり
・「鎮守の森」的な緑が存在したこと。
・参詣自体がレクリエーションとなっていて、茶屋や遊興所が存在し、それが寺社の収入源になっていたこと。
・大工、画士、鍛冶屋、瓦士などが隷属的な関係で存在し、境内の一画、門前町に店を構えたこと。
などが挙げられるかと思います。

つまり、町人にとってお寺は宗教施設であり、レクリエーション施設であり、緑の多い公園であり、ホームセンターでもあったわけです。と、考えると西欧のアジールとはなんか趣が違いますよね、なんか・・・。
kumaotoko | URL | 2007/02/17 23:04 [編集]


珍獣を一匹
救済して欲しいのですが、お願いできますか?

手が付けられなくてクマっています。
sugioka | URL | 2007/02/19 14:12 [編集]


sugiokaさんへ
クマは一般的な動物です。
珍獣を救済なんてできるはずはありません・・・
kumaotoko | URL | 2007/02/21 02:10 [編集]




:: Comment ::

管理者にだけ表示を許可する


 + 


くまック

ブログパーツの森


りこめんど!

おすすめです!

住まいのコミュニティサイト House Park SNS(通称:Howpa)


ランキング参加中!

1クリックおねがいします

FC2ブログランキング

にほんブログ村 住まいブログへ

人気blogランキングへ


FC2カウンター


ブログ内検索


RSSフィード


フリーエリア


フリーエリア


なかのひと


* Designed by cadet; * -----【Login】
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。